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堺は「育休退園」を廃止!!

第二子以降の育児休暇を取ると、すでに保育園に預けている上の子が退園させられる
という「育休退園」。

六月末くらいに、所沢市が「育休退園」を制度化したことが大々的に報道され、保護者が訴訟を起こすなど、大きな話題となりました。

その報道の中で、『実は堺市にも「育休退園」の制度がある』ということがわかり、この間、私は「そんな制度は廃止にすべき」と、関係部署に掛け合って参りました。

結果、この度、堺市では「育休退園」という原則を廃止することになりました。

まずはそのことを報告した上で、そこに至る私の考えを説明させて頂きます。

長文になりますが、ご容赦下さい。

私が「育休退園」を廃止すべきと考えた理由は、以下の四点です。

①保育の必要性と、他の事例とのバランス
②産み控えのデメリット
③待機児童問題の根本的解決にならない
④(堺においては)対象者が極めて少ない

①保育の必要性と、他の事例とのバランス
「育休退園は当然」と主張される方で、一番の根拠は、「母親が家にいるんだから、保育園に預ける必要性(保育の必要性)がない」ということでしょう。

果たしてそうでしょうか?

現在、「保育の必要性が認定される事例」として、「就労」や「就学」、「求職活動」の他、「妊娠」や「介護」も認められているのです。(他にも、病気や災害復旧なども)

「育休中=0~1才児の育児をしている状況」
「妊娠=お腹に子どもがいる状況」
「介護=高齢者のお世話をしている状況」

この三つは、それほど真逆の答えが出るほどのものでしょうか。
それほど「0~1才児の育児」って楽なのでしょうか。

もちろん、楽な場合もあるでしょうが、健康面や、上の子の年齢や性格によって、そうでない場合もあります。
最近では、育休からの復帰がスムースにいくように、育休中にも自宅で仕事のメールを見られたり、情報収集できる仕組みを作っている会社もたくさんあります(堺市役所もそうです)。つまり、「育休」と言っても、必ずしも「育児専念期間」ではなく、「復職準備期間」のような側面があるのです。

妊娠、あるいは介護も、状況は千差万別です。
妊娠何週目なのか、順調なのか、そうでないのか。
要介護度や、周囲のサポートは。

そうした中、育休=×、妊娠=○、介護=○という風に、白黒がはっきり分かれてしまっていることに、強い違和感を覚えます。

ちなみに、私はもうすぐ第三子が生まれる予定です。
第一子、第二子は保育園に預けています。これまで順調だった育児でありますが、第三子の妊娠と前後して、妻がある持病を発症しました。第三子の育児だけでもかなり大変だろうと想像しています。ここに「育休は退園」だと、上の子も家で育児するよう迫られたら、とても妻の身体は持たないでしょう。

繰り返しますが、「育休中に上の子も一緒に育児できる(保育の必要性がない)」という家庭もたくさんあります。
しかし、兄弟の年齢差や性格、親の健康面や、家族のサポート状況、職場復帰のスケジュールや環境によって、状況は大きく変わります。
それを「環境のいい家庭」に視点をあて、「必要性がない」「育休は退園」を原則としてしまうことはあまりに乱暴で、想像力を欠くものです。そして、同じく「状況は千差万別」でありながら真逆の対応となっている「妊娠」や「介護」と比べ、著しく公平性を欠くものと思います。

②産み控えのデメリット
こうした中、起こりうるのが産み控えです。

「育休退園」が報道された時、私の保育園の保護者会でこの話題となり、お母さん方から上がった声は、「次の子を産むのをためらう」というものでした。
そうだと思います。

上の子を一緒に育児するだけではなく、同時に「保育園探し」がまた始まるわけです。
下の子(0~1才)ならばまだしも、退園をさせられた上の子は、年齢によっては、非常に保育園探しが難しくなります。「育休退園」の子には、自治体によって多少の優遇措置はあるものの、それは、約束してもらえるものではありません。保育園探しのリスクは、共働きをする上でのリスクです。「育休退園」は、共働き家庭に不要なプレッシャーを与え、産み控えを招きます。

こうした原則を知った時、「だったら、せめて上の子が小学校に上がるまで待とう」「もう少し間隔をあけよう」となっても、不思議ではありません。
また、これによって苦労をした夫婦が、「三人目、四人目はやめておこう」と思うかもしれません。
私も、妻の持病に加え、「育休退園」がわかっていれば、三人目の産み控えをしていた(タイミングをずらしていた)かもしれません。

こうした産み控えは、少子化が深刻な問題となっている我が国で、行政として絶対に招いてはならないものです。

③待機児童問題の根本的解決にならない
強いて、「育休退園」のメリットを挙げるならば、「その分、保育の枠が一人空く」ということでしょう。

「待機児童で困っている家庭があるのだから、育休の人はその枠を譲るべき」という意見は、気持ちとしてわからなくもありません。

しかし、育休退園させたとしても、その半年後、あるいは一年後くらいには、その子どもは復園を希望するわけですし、当然、これまで慣れ親しんだ同じ保育園を希望する可能性が、かなり高いわけです。結局のところ、「待機児童」という問題の対象者を、付け替えたに過ぎません。
まして、もともとの待機児童よりも、育休退園させられた児童は、特定の保育園(もともといた保育園)を強く希望する分、より解決の難しい待機児童となりかねないのです。

本来、行政がやるべきことは、こうした限られた枠をたらい回しすることではなく、枠自体を増やすことです。
「育休退園」を、「待機児童解消のため」とする議論は、その本来の責任を回避することに他ならないと、私は感じます。

④(堺においては)対象者が極めて少ない
では、堺ではどれくらいの方が、この育休退園を迫られているのでしょうか。

堺のルールを細かく見ていくと、

・退園対象は2才児クラスまで
・育休取得のその年度末までは、猶予期間として園に留まれる
・毎年10月に提出する現況届によって、堺市は育休取得を確認している

というものです。

*3才児クラス以上では、退園による環境の変化を、厚労省の指針にある「当該児童の発達上環境の変化が好ましくないと思料される場合」に該当すると判断しています。これは堺市として、適切な判断だと思います。

さて、この三つの条件が揃うと、どういう児童が対象となるのでしょうか。

結論を申しますと、

・上の子と下の子が年子
・下の子は年度の前半に生まれている(かなり間隔の狭い年子)
・下の子が生まれるまでのかなり短い期間に、親は職場復帰

ということです。

私は、「こんな条件が揃う家庭はほとんどいないだろう」と思い、関係部署に調査してもらいましたが、やはりそうでした。
堺市では、「育休退園」という制度ゆえに退園を余儀なくされる方は、この五年間で、「年平均1人」なのです(自主的に退園される方は別です)。

現在、堺市の認可保育所、認定こども園の児童総数は、約16,000人です。
約16,000人のうちの1人を退園させるため(1人の枠を空けるため)に、こうした制度を設け、親が育休取得したかどうかをチェックし、その際には退園を求めて交渉し、そしてその親が復職する際には、優先児童として元の保育所に戻れるように調整を図っているのです。
一方で、堺市では毎年、待機児童解消のため、数百の枠を増やし続けています。

それらを考慮した時に、育休退園という原則が、労力対効果の全く見合わないものであることは、少し考えればすぐにわかることです。
それだけのために、これから「もう一人ほしい」と考える夫婦に、不要なプレッシャーや苦労を与えるのは、社会全体を捉えた時に、明らかにバランスの悪いものです。

この④については、堺市の担当職員も「意味がありませんね」と、廃止の判断の根拠としてくれました。

以上が、私が「育休退園」の廃止を求め、それが実現した理由です。

これからの社会のキーワードは「多様性」であり、行政の重要な役割は、「多様性をどこまで担保できるか」だと思っています。特に、基礎自治体行政はそうだと思います。

社会が多様化し、価値観も、仕事の仕方も、子育ての仕方も、家族の形態も多様化しています。多様な人々がそれぞれの立場で活躍できなければ、活力ある成熟社会になりえません。
男性の育休や、学童の開所時間の延長や、色んな政策が、そうした社会の多様化に、行政が対応していった結果です。
子育てだけでなく、産業振興も、高齢者福祉もそうした、社会の多様化にどれだけ対応していけるかが問われています。

そうした中、為政者が自分の経験や価値観の中で、「三歳児神話」を押し付けたり、「育休取るならもう一人大丈夫なはず」と決めつけたりすべきでないと思うのです。

「育休を取るから、上の子も一緒に見たい」と思い、実行するのは自由です。
「三歳までは親と一緒に」と思うのも自由です。

同時に、「親との時間も大事だけど、集団生活の時間も大事にしたい」「子どもの保育環境を変えたくない(同じ保育所に居続けたい)」「育休中も仕事に係わっていたい」「体力的・精神的に日中は新生児に集中したい」とか、それぞれの考えや事情も最大限認め、困っている人には寄り添える社会にしたいものです。

そうした視点を大事にしながら、私は、今後も堺市の子育て環境の充実、子どもを安心して産み育てられるまちを目指して、頑張って参る所存です。

 

 

 

 

 

 

堺市議会議員  ふちがみ猛志
意見・提案