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医療的ケア児への支援が一歩前進

医療的ケア児支援法が成立して、1年半になります。

 

医療的ケア児とは、たんの吸引や、経管栄養注入、気管切開部の衛生管理などの医療的ケアを、日常的に必要とする児童のことです。

 

そういった医療的ケア児が、学校や保育所などでも適切な支援が受けられるようにした(はず)のが、医療的ケア児支援法です。

同法では、自治体等の行政機関だけでなく、学校や保育園、放課後児童対策事業等の設置者にも、医療的ケア児への支援を責務として位置付けています。(同法ができるまでは努力義務でした)

 

さて、そんな法律ができて1年半。堺市の状況はどうなのかと健康福祉委員会で確認しました。

その中で、学校における支援の「穴」を指摘しました。

 

学校では医療的ケア児に看護職員が付くわけですが、その時間はどういうわけか、8:45~15:30の間だけ。8:45は1時間目のスタートであり、15:30は6時間目の終わる時間です。一方、学校は8:30登校、15:45下校です。前後の15分に「看護職員がつかない時間帯」があるのです。

医療的ケア児と言っても、その状態は様々ですから、常時看護が必要な子もいれば、そうでない子もいます。

 

必要でない子ならこの時間帯でも構わないのでしょうけど、必要な子ならどうすると言うのでしょうか。

 

平成27年以降、堺市では地域の学校でも医療的ケア児を受け入れるケースが出てきたようですが、これまではその「空白の15分」は問題として表面化してこなかったようです。

当局が言うには、こうです。

第一号となった子が、諸事情があり8:45~15:30の看護を希望した。

それが前例となり、ずっと続いてきた。

これまでの子は常時看護が必要でなかったか、必要な子は保護者の協力によってその空白を埋められてきた。

 

私はその「協力」という言葉に引っ掛かりました。

確かに、我が子と少しでも一緒にいたいと、進んで協力したケースもあったかもしれません。しかし私は、「協力せざるをえなかった」というケースがあったに違いないと思うのです。

 

医療的ケア児である我が子を地域の学校に通わせたいと、就学相談に行く。

教育委員会や学校から難色を示される。

それでもなんとかならないかとお願いする。

渋々受け入れてもらう。

そして、「看護職員の配置は8:45~15:30です」と告げられる。

空白の時間に気付くも、入学できただけでも有難く、これ以上は言えない。

そして、「空白の15分」を家族でなんとか埋める。

この15分のために、仕事を変えざるをえなくなる。

 

なーーーーーんて、ケースが目に浮かぶのです。問題が表面化しなかったのは、問題がなかったからではなく、当事者が我慢を強いられてきたからではないでしょうか。

 

ひょっとすると、「そうだ、入学できただけでいいじゃないか」と思われる方もいるかもしれません。

 

が、それは違います。

 

医療的ケア児への適切な支援を、行政と学校の「責務」と位置付けたのが、医療的ケア児支援法なのです。

そして、同法は医療的ケア児でも当たり前のようにこの社会の中で、保育や教育の場で、健常児と共に暮らしていけることを理念としています。

 

堺市当局は、この「空白の15分」について、法の理念に反することを認め、適切に対応する旨の答弁をしました。

 

そして合わせて、医療的ケア児支援法について、学校や、保育、放課後保育等の現場への説明がなされていないことも明らかになりました。

 

学校や、保育所、放課後保育の事業者にとって、医療的ケア児の受け入れ、適切な支援は大変なことだと思います。ただ、繰り返しますが、それは『責務』なのです。

それを責務であることを知らず、受け入れに難色を示す校長、「受け入れてあげている」という態度に出る園長は、法施行後1年半の間にいやしなかったでしょうか(法施行前にも「努力義務」はあった)。

そして、保護者も支援法のことを知らず、そのような態度を前に、小さくなってしまい、必要以上の協力を背負わされてはいなかったでしょうか。

堺市で空白の15分が問題として表面化しなかった背景には、そうしたことがあったようにも思います。

 

まずは当事者たちがこの法の理念を理解し、「可能ならば受け入れる」ではなく、「受け入れることが大前提で、そのためにはどうすればいいかを考える」という風にならないといけません。

 

当局には、責務のある施設サイドへの周知はもちろん、保健センター等を通じて当事者の方々へも周知するよう要望しました。

 

わずか15分。

されど当事者にとっては大きな15分。

この解消に道筋を作ることができた、(自己)満足のいく質疑でした。

 

この日の傍聴席には、障がい者の運動に長く取り組まれてきた方もいらしていて、「協力せざるをえなかったのではないか」という私の話に、「うん、うん」と大きく頷きながら聞いてくださっていたのが印象的でした。

 

 

 

堺市議会議員ふちがみ猛志

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