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本名と通名とアイデンティティと人権

先週金曜日の大綱質疑で、国民健康保険業務において起こった、通名と本名にかかわる人権問題を取り上げました。

少し長くなりますが、ブログに纏めさせてもらいます。

なお、法令上は「通称」という言い方が正しいのですが、このブログでは一般的に使われている「通名」と記載させてもらいます。

 

■国民健康保険の運用ルールのビフォーアフター

堺市が運営する国民健康保険は、昨年度まで、被保険者証には「通名(通称)の登録のある方は、通名」を記載することになっていました。通名の登録がある方は、本名を記載できなかったのです。

それが、今年度からは本名と通名、本人が希望する方を記載できるようになりました。

なぜそのような運用ルールの変更があったのか、また、「通名しか登録できない」という状態は何が問題だったのでしょうか。

 

■そもそも通名制度とは?

通名(通称)は、外国籍市民の本名以外の「社会生活上通用している呼称」で、必要であると認められれば住民票に記載することができるものです。

運転免許証や、印鑑登録証明証への記載も認められています。

歴史的な経緯から、通名は、一般的には韓国・朝鮮ルーツの方が利用されているケースが多いものです。おそらく、皆様の周りにもいらっしゃることだと思います。

 

なお、この通名制度については、様々な意見があり、特に「ネトウヨ」と呼ばれる方々からは多くの言説が飛び交っておりますが、その是非は今回の論点ではありません。

現在の法令(住民基本台帳法)によって制度化されているものであり、その制度の下で、自治体がどう運用するかという話です。それが、私が大綱質疑で取り上げ、このブログで書くテーマです。

 

■ルール変更のきっかけとなった訴え

具体的な話になりますから、この当事者の方を仮に「キムさん」とさせてもらいます。本名が「キムさん」です。そして、その方の通名を、「佐藤さん」とさせてもらいます。(意味はありませんが、韓国・朝鮮と、日本で最も多い姓なので・・)

 

平成31年2月、キムさんは定年退職に伴い、社会保険から国民健康保険への切り替えのために、市役所を訪れました。

「佐藤」という通名登録はあれど、日常生活は本名のキムで過ごしていましたし、何よりも、在職中に加入していた社会保険の被保険者証は「キム」になっていましたから、当たり前のように本名の「キム」で申請を出しました。

 

すると役所から後日電話があり、「通名登録のある方は、通名(佐藤)で記載することになります」と連絡が入ります。

この時、キムさんはあまり気に留めなかったそうですが、4月に「佐藤」の名前の被保険者証が届き、実際にかかりつけ医を訪れた際に、事の重大性に気付きます。

これまでのカルテや診察券が、すべて「キム」なので、いちいちその本人確認に、多大な労力が生じるようになったのです。また、病院で「佐藤さん」と呼ばれることに、ご自身として強い違和感を覚えることになったのでした。

※後日、同じ立場になった別の方から聞いた話では、名前が違うことで、保健医療の適用を断られる事例もあったようです。

 

これを受け、キムさんは再び役所(国民健康保険の窓口)を訪れ、本名の「キム」で被保険者証の再発行を求めました。

 

しかし、そこでは「通名登録のある方は、通名で」「本名で発行できない」の一点張り。

あげくの果てには、「通名登録を抹消すれば」という話にまで及び、キムさんは大変ショックを受けました。

 

同年(令和元年6月)、キムさんは堺市の市民人権局を訪れ、救済を求めたのでした。

市民人権局はこれについて「人権問題だ」との認識を持ったようです(今回の質疑でそのように答弁をしています)。

 

それから事は動き出したのですが…、キムさんが、自身の本名が記載された被保険者証を手にしたのは、訴えから実に1年10か月後のことでした。

後述しますが、あまりに時間がかかりすぎです。市民人権局に「人権問題」との認識があり、しかもこれは条例等の改正が必要のない、単なる運用ルールの変更で済む話だったのです。キムさんが「ほったらかしにされていた」と感じても不思議ではありません。

 

■キムさんが抱えていた事情

ここまで読んだところで、「キムさんは、普段から通名(佐藤)を使っていないのだから、それこそ登録を抹消すればよかったのでは?」と思う人もいるかもしれません。

しかし、そうはいかない事情があったのです。

 

キムさんは、生まれた時から長い間、通名(佐藤)で生活してきました。しかし大人になるつれ、自身のルーツについて思い、そして悩み、佐藤ではなく、キムとして生きていくことを決意します。両親や兄弟は「差別に遭う」と猛反対したそうですが、それを押し切ったのです。やはり、色々な差別に遭ったようです。

一方で、「佐藤」という通名を捨て去ったかと言えばそうではなく、自分以外の家族はみな「佐藤」のまま、そして何より、キムさんのパートナーが、結婚して佐藤姓になりました。パートナーは日本で生まれ育った、韓国・朝鮮等の海外ルーツではない、日本国籍の方です。

キムさんにとっては、自分のアイデンティティが本名のキムであり、妻や家族との繋がりを示すものが、通名の佐藤なのです。

だから、「抹消すればいい」と言われようが、簡単に捨て去ることなどできるはずもなかったのです。

 

■私が感じた問題点

とにかく、時間がかかり過ぎました。そして、「抹消すれば」というような話が出てしまうことも含め、私は「役所側の『人権』に対する感度が鈍かった」のだと思っています。

 

今回、市民人権局は本件について、「本名・通称のどちらを使用するかは歴史的な背景から重要な問題。本人の選択を尊重するべき。」と答弁しています。また、国民健康保険を所管する健康福祉局も「被保険者(キムさん)の思いに寄り添えるよう」検討を行った旨を答弁しています。

 

しかし、その割には改善に2年近くの歳月を要しています。

「本人の選択を尊重するべき」との結論があるのにです。

 

健康福祉局は、時間がかかった理由に、以下の3つの点を例示しましたが、→のあとにコメントを記載した通り、それは苦しい言い分でした。

 

①政令市の運用状況の調査

→2週間もあれば、調査可能です。現に私は議会事務局を通じてそれができました。他の政令市でも選択制の事例はあります。

 

②大阪府国民健康保険運営方針との整合性に係る調整

→大阪府内にはすでに選択制の市町があり、整合性に係る調整は不要。このことも2週間で調査可能です。

 

③選択した場合の問題点についての検討

→上記①②の市町に確認すれば済みます。しかも20年ほど前までは堺市の国保も選択制だったので、庁内に情報があるはずです。加えて、大阪府の後期高齢者医療制度も「選択制」です。

 

以上のような状況から、それぞれの調査・検討に多くの時間を要することはないはずで、これらが2年近くかかったことの理由にはなりえません。

 

キムさんご本人が「アイデンティティに突き刺さる人権問題」と捉えたのに対し、役所側が「それほどに重い問題と捉えられなかった」。やはり、これに尽きると思うのです。

また、「在日の方々の本名、通名に関する問題」が当事者にとって非常にセンシティブな問題だという「知識」が欠落していたのだと思います。

もしこれがあれば、キムさんが市民人権局に相談するまでもなく、国民健康保険の窓口がキムさんを突っぱねる前に保留し、同じ役所内で窓口部局から市民人権局に相談できていたのではないでしょうか。

 

国際交流都市として多様性を育んできた堺を愛してきたけど、裏切られた気分になった。ともキムさんはおっしゃられていました。

 

役所側に人権、とりわけ在日の、それも名前に係る人権問題に対する意識と知識がもっとあれば、これほどキムさんを傷つけることも、待たせることもなかったと思います。それが残念でなりません。

 

■韓国・朝鮮ルーツの方々の歴史

総務局は答弁で、人権意識の醸成をさらに図っていくことを表明しました。

今回のキムさんの事例も、研修のケーススタディとして取り入れてくれるようです。

 

意識を醸成するには、知識が必要です。

具体的な事例があるから、腹に落ち、意識が植えつけられるのだと私は思います。

また、その事例の背景にある歴史を知ることも大事です。

 

在日の人権の問題には、知るべき歴史があります。

創氏改名と、それに前後して現在に続く、差別の歴史はその1つです。

 

また、国籍も然りです。

 

日本人の両親のもとに、

日本人として生まれ、

日本で、日本人として育ち、

しかし、人生のある時に、本人の意思にかかわらず、日本国籍をはく奪された人たちがいます

 

その時点で全国に数十万人です。

 

彼らの多くは、その後、10数年にわたり、国籍がない状態が続きました。

 

こんな歴史を皆さんはご存じでしょうか?

 

そんな歴史の先に、ご自身やその両親・祖父母が元日本人だという外国籍市民が、堺市に今も千人単位でいらっしゃいます。

また行政上、今も国籍が定まらない方が、この堺に200人近くいらっしゃいます。

 

少なくとも人権部局の職員には、こうした歴史にもしっかり目を向けた上で、現在の人権問題を捉えてほしいと思います。

 

■おまけの「役所あるある」

私がこの問題を知った(キムさんから相談を受けた)のは、今年の2月です。キムさんが市民人権局に相談した、1年8か月後。話が進まないことに業を煮やしてのことでした。

 

私はすぐに当時の健康福祉局長に相談したところ、この問題のことは把握していませんでした。しかし「すぐ確認し、対処する」と言ってくれました。

「選択できるようにする(方向で調整する)」と返事をもらったのは、その翌日でした。

翌3月にはキムさんにも正式に役所側から「選択制に」の回答があり、翌4月には実際にキムさんは本名の記載された被保険者証を手にされたのですが・・、

 

市民が訴えても2年近く待たされたことが、議員が言えばアッと言う間に??

キムさんが喜びながらも、複雑な気分にさせられたのは、この点です。

 

これに対し担当課は、「議員に言われたからではない」「まさに今、選択制という方向性を定め、キムさんに連絡しようと思っていたところだった」と言いました。

なんだか、「宿題をやりなさい」と親に言われ、「今やろうと思っていたとこ」と返す、子どものようですね。

 

でも彼らの名誉のためにも申しますが、この件に関しては「本当にそうなんだろうな」と、『私は』思っています。私の知る限り、その担当者らは、嘘をつくような人ではありませんから。私が突っ込むタイミングが、彼らからすればあまりに悪かったのでしょう。

 

ただ、そう思われてしまわないためには、もっとこまめにキムさんに連絡を入れるべきだったのです。最終決定ではなくとも、「こういう方向だ」「これくらいの時期には」という感じで。寄り添うって、そういうことだと思うのです。

 

最終決定するまで、経過報告しない。

不確定なことは、方向性すら伝えない。

 

この「役所あるある」によって、当事者との関係が悪化する、問題が大きくなるということを、幾度も見てきました。元営業マンの私には考え難いことですが、「もっとうまくやりなよ」といつも思ってしまうのです。

 

■最後に

長くなりました。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

人権問題は、時代の移り変わりと共に、日々新たなものが発生しています。

私が議員になったこの6年でも、ヘイトスピーチ、LGBTQ、ネットいじめ、コロナ感染に絡む差別等々、それまであまり議会では聞かなかったことが、度々議論されています。

 

また、昔からある問題、例えば、アイヌに対する差別の問題が、このほど日本テレビの不適切な報道で話題になりました。これも意識はもとより、(アイヌの方々が、どういう差別を受けてきたかという)知識の欠落によるものだったと思います。

 

人権問題は、おそらく半永久的に続く問題だろうと思います。人が人でいる限り、差別やいじめはなかなかなくならないでしょう。

その中で、行政は膨大な個人情報を取り扱いながら、市民に接しています。

ゆえに、行政職員は、窓口の非正規職員の方々も含め、高い人権意識と知識が求められるのです。不断の人権教育、意識向上の取り組みが必要です。

そのためにも!

私は、仮にそれが小さいものだったとしても、人権問題が生じた時に、その都度、その都度、気づいたことは厳しく指摘していかなければと思っています。それが大事だと思っています。また、私自身もたゆまず勉強していきます。

これからもそんなスタンスで臨んでいくつもりです。

 

 

堺市議会議員ふちがみ猛志

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