学テの点数はそれほど大事なのか
こんにちは。堺市議会議員(堺区)のふちがみ猛志です。
前々回の定例会で取り上げたテーマですが、私なりに考えるところの大きいテーマでしたので、遅ればせながらブログにしたいと思います。
「全国学力・学習調査」についてです。
「全国学調」「全国学力テスト(学テ)」などと称されるもので、日本全国の小学6年生と中学3年生全員を対象に、学力と学習状況の調査を目的に、共通のテストが実施されているものです。(※このブログでは統一して「全国学テ」と呼びます)
調査の目的と実態
まず、全国学テの目的から確認したいと思います。
それは、「児童生徒の学力や学習状況の把握・分析」であり、それによって「教育指導の充実や学習状況の改善を図ること」です。

※文部科学省ホームページ
よって、「点数を上げること」が目的ではないのです。
とはいえ、どうしても点数に目が行ってしまうもの。
学校ごと、市町村ごとでも平均点が出されてしまうので、「気にするな」と言っても無理でしょう。そのことも踏まえて文部科学省は、
「序列化や過度な競争につながらないよう十分配慮することが必要」
「都道府県教育委員会は、個々の市町村名・学校名を明らかにした公表は行わない」
「市町村教育委員会は、個々の学校名を明らかにした公表は行わない」
としています。

※文部科学省通達文書
しかし、実態はと言えば、都道府県教委には禁じている「市町村名を明らかにした公表」を、市町村自らが行い、他の市町村と比較して、まさに序列化しているのです。
堺市も「全国平均を100とした場合の数値」をいくらにするのかというのを、教育プランの成果指標に掲げてきましたし、「政令市で〇位」などというワードが度々議会でも聞かれてきました。

これを「序列化」と言わずして、何と言いましょうか。
伸び悩む堺市のスコア
では、そのように点数を上げることを成果指標にまで掲げている堺市の結果はというと、これがさっぱりなんです。
全国平均を100とした時の、令和元年度実績・令和7年度での目標値・令和7年度実績は、小学校6年・中学校3年でそれぞれ以下の通りです。
【小6】
R1実績 100.5
R7目標 103
R7実績 国語97.3 算数94.8
【中3】
R1実績 95.8
R7目標 100
R7実績 国語92.1 数学93.2


※小6(上)と中3(下)の学テ結果の推移
この6年で上がるどころか下がっているわけで、掲げた目標に対する結果としては、「さんざんな結果」と言うほかないでしょう。
念のため申しますが、私自身はこのようなテストの結果、ましてや「堺市の平均点が全国の平均点に対してどうか」といったことに拘泥する必要は全くないと思っています。
ただし、それを目標にして教育委員会は行動してきたわけで、目標だけでなく、その行動に何らかの問題があったと捉えるべきでしょう。
この「さんざんな結果」については、議会でも取り上げられましたし、市長や教育長が気にしていないはずがありません。
そうした中で発出された文書、これがまた問題の多いものでした。
昨年末に発出された文書
今年の2月12日に教育監(教育長に次ぐNo.2)から発出された『総合的な学力の向上に向けた「短期的視点・長期的視点の取組」の実施について(通知)』という文書があります。

Screenshot
ここには、あれこれとテスト対策を求めるような記述があり、本来の全国学テの主旨からは外れているように思えてならないのですが、中でも一番驚いたのが、
テスト前日までに全国学テに取り組む心構えをこどもたちに伝える。
という主旨のものです。
また、それにあたって、教育委員会が作成した「こども向けのメッセージ例」を参照せよというのです。
そこには、「みなさんが今もっている力をすべて出し切れることを信じています。みなさんならきっとできます。自分の力を信じて、がんばってください。応援しています。」と子どもを鼓舞する文章が続いています。
さらには、各教員がちゃんと心構えを伝え、適切なメッセージを発したのか、管理職には「実施状況を確認せよ」というのです。

テストの結果が伴わないのは、こどもたちの心構えの問題なのでしょうか?学テの主旨を理解しない子どもたちのせいなのでしょうか?
そもそも、そのような付け焼刃的な対策をして点数を上げることに、何の意味があるのでしょうか?
少なくとも、市長や教育長はご満悦になるかもしれませんが、こどもたちにとっては、ほとんど意味のないことでしょう。
健康診断の前日だけ暴飲暴食をやめて数値の改善を図る中年のおじさん…。私はそんな姿が目に浮かびました。
一律のメッセージでいいのか
子どもたちの中には、テストのことなんて考えたくもない子もいるでしょう。
プレッシャーを感じて、学校に行くのが嫌になる子もいるでしょう。
(もちろん、鼓舞されて力を発揮できる子もいるでしょうが)
そのような私の指摘に対して、担当の課長は、
「私も教員でしたので、そのようなことは想像できる」と委員会で答弁しています。
であるならば、子どもたちへの声掛けを義務付けるのではなく、ましてやメッセージ例など出すのではなく、どの子に声掛けをするの、あるいはしないのか、するならばどのような言葉を選ぶのか、それらは子どもたちに一番近い教員の裁量に委ねるべきなのです。
運動会の前にいちいち「運動会の主旨を子どもたちに理解させよ」と、
あるいは授業参観の前に、「授業参観に向かう心構えを子どもたちに」と、
そんなことを教育委員会が現場に指示するでしょうか。
そして、「管理職はその実施状況を確認せよ」と指示するでしょうか。
まして、そのための例文など作るでしょうか。
私はこの一連の通知が、現場の裁量を侵す危ういものだと思っています。
教育委員会は「裁量を侵すものではない」と否定していますが、メッセージ例まで出し、そのチェックまで管理職にさせ、少なからぬ教員は「言われた通りにしておいた方が無難」と考えることでしょう。
こうして、子どもではなく、管理職や教育委員会の様子ばかりを伺う、上しか見られないヒラメ教員が増えていくのだと私は思います。
例文がないとダメなのか
それにしてもこのメッセージ例、、、
教育委員会は、どこまで現場を信用していないのか?と思ってしまいます。

あるいは、このような例文を作らねばならないほどに、現場の教員のレベルが下がっているということでしょうか。
いや、そんなはずはない!
と私は信じているし、信じたいものです。
今回の文書の件は、全国学テの点数を上げることに血眼になってしまった、その結果だと思っています。
私は先述のように点数を上げることに拘泥すべきでないと思っていますし、仮にそうだとしてもこのようなアプローチは間違っていると思っています。
とにかく今は現場が疲弊しています。
それを解消するための、十分な人と予算を確保すること。そして一人ひとりの教員や、学校のスタッフが十分な時間と精神的余裕と創意工夫を持って子どもたちに向き合える環境を作ること。
それをした先に、「自ずと点数が上がる」状況が作れるのだと、私は思っています。
堺市議会議員ふちがみ猛志

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