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尊厳ある死よりもまず尊厳ある生を

ALS患者本人に依頼で、医師が患者を薬物で殺害したとして、嘱託殺人容疑で逮捕されました。

このニュースで早速、SNS上ではいろんな方々が安楽死や尊厳死について、意見を表明しています。

 

私は正直に申して、このことに確たる答えを持っていません。

ただ、どちらかと言えば「本人がしたいようにできばいいのではないか」、つまり、安楽死や尊厳死をある程度許容していくべきではないかと思っていました。

 

そんな私の目に、当事者とも言える方の大変重いメッセージが止まりました。

ALS患者であり、れいわ新選組の参議院議員舩後靖彦さんのメッセージです。

https://yasuhiko-funago.jp/page-200723-2/

 

ご自身もALSを宣告され、かつては「死にたい」と長く思っていらしたそうです。

そして、その上で

 

(安楽死や尊厳死を容認する考えが)難病患者や重度障害者に「生きたい」と言いにくくさせ、当事者を生きづらくさせる社会的圧力を形成していくことを危惧する

 

「死ぬ権利」よりも、「生きる権利」を守る社会にしていくことが、何よりも大切

 

どんなに障害が重くても、重篤な病でも、自らの人生を生きたいと思える社会を作ることが、ALSの国会議員としての私の使命

 

などと述べていらっしゃいます。

大変重いメッセージです。

 

今後もし、国会での議論を経て安楽死や尊厳死の容認が法制化されたならば、その後には「死ぬ権利」を行使した方々の声が溢れかえることでしょう。

「苦痛から逃れたかった」「楽になりたかった」と言ったものに加え、「家族に迷惑をかけたくなかった」「医療費をこれ以上払えなかった」というものまで。

きっとそうした声は、「生きたい」と願う人たちの「生きたい」の声を押し殺してしまうこともあるでしょう。

 

想像すれば分かるこのことに、恥ずかしながら私はあまり思いが至っておらず、舩後さんのコメントによってハッとさせられました。

 

とは言え、このように述べてもなお、「死ぬ権利」の議論は大変重要であり、「脳死」の議論の時のように、国会議員の皆様には、この難題にも向き合ってもらいたいと思っています。

 

ただ、その議論においては、

「死ぬ権利」の拡充は、時に「生きる権利」を狭めてしまいかねないこと

を十分に踏まえて頂き、さらに

そもそも今、すべての国民の「生きる権利」は十分に保障されているのかどうか

をしっかりと確認し、

「生きる権利」の保障と拡充こそが政治の最優先課題

だと認識し、その上で「死ぬ権利」の議論にも『慎重に』取り組んでもらいたいと思います。

 

毎年2万人以上が自殺するわが国です。

若者の死因のトップが自殺だというわが国です。

その中には、生きたいのに死を選ばざるを得なかった方、「生きる権利」の保障が行き届かずに「死にたい」と思うに至った方も多いことでしょう。

このことだけを捉えても、『残念ながら』わが国は、ちっとも「美しい国」ではありません。

それが現実です。

 

安楽死・尊厳死の法制化をすべきかどうか、また、するならばどのような条件を設けるなという「死ぬ権利」に関する議論は、国会議員に委ねざるを得ません。

 

しかし、「生きる権利」は別です。

私も市民に向き合う地方議員として、「尊厳ある死」よりも、まずは「尊厳ある生」を選択できる社会を目指します。その中で、本市の高齢者福祉、障害者福祉、子育て支援、生活支援・・・、その一つひとつを見つめ直し、拡充に向けて取り組みたいと思います。

その思いを強くさせた、この事件と、そして舩後靖彦さんのメッセージでした。

 

 

堺市議会議員ふちがみ猛志

意見・提案