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当事者であるかどうかよりも大事なこと

こんにちは。堺市議会議員(堺区)のふちがみ猛志です。

 

「不登校の当事者となって」というブログを書きました。

不登校の当事者となって気づいたことがあった、これからもこの問題に積極的に取り組むんだということを書きました。

また、これまでも「子育て真っ最中の当事者として、子育て支援や教育に取り組む」というようなことを度々口にしてきました。

 

 

※ホームページにもこのように↑

 

私はこの「当事者性」は政策立案において、すごく重要なものだと思ってはいます。

しかし、です。もっと大事なことがあるということを書き加えようと思います。

 

先日、堺市の子育て支援施策について責任ある立場にいる方(女性)と、たまたま立ち飲み屋(笑)で一緒になり、少し話をする機会がありました。

※イメージ画像(笑)。こんなに優雅かつ和やかではありませんでしたが(^_^;)

 

そこで子育て支援の話をする度、その方が何度も、

「私には子どもがいないから」

とおっしゃるわけです。「当事者ではない」ということです。

子育て支援に拘る議員であり、かつ当事者である私への謙遜なのか、議会で政策批判された時のことを想定しての予防線なのか、、、その辺の意図まではわかりませんが、なんとなくこの発言が引っ掛かりました。

 

たしかに子どもがいた方が、子育て支援施策を講じる上で「子育てに何が必要か」を身をもってわかる場合もあるでしょう。

とは言え、子どもは一人ひとり特性が違いますし、子育て環境も家庭によって全く違います。なので、子育てにまつわる苦労も人それぞれ、家庭それぞれです。ですから、子どもがいるからといって、「子育てにまつわる苦労は何でもわかる」わけではありません。当たり前ですけど。

 

広い意味で「当事者」であっても、見方を変えれば当事者ではなくなります。

よって私は、議員や行政職員にとって大事なのは、「当事者であること」以上に、「多様な当事者と接し声を聴くこと」なんだろうと思っています。

そういえば以前、永藤市長が子育て施策に冷ややかなことについて、「市長は子どもがいないから親の気持ちがわからない」とのSNS投稿があったそうです。永藤市長自身、それに対して「悲しく思っています」と反応していました。

 

ご本人にはどうしようもないことだし、さすがにこの言われようは気の毒だと私は思いました(ちなみにその後、永藤市長にはお子さんがお生まれになっています)

とは言え、私自身「市長は親の気持ちが分かっているのかな」と感じたことは何度かあります。ただそれは、お子さんがいない(当事者ではない)からではなく、当事者の声を聴く機会が少なかったからだと思っています。(永藤市長への不満の一番はこれ!

 

一例ですが、永藤市長は就任間もないころ、堺市の児童自立支援施設の建設計画を中止しました。同施設は、非行をした子や、虐待を受けるなどした子で、地域や家庭で暮らすのが困難な子のための施設です。

※東京の児童自立支援施設「武蔵野学院」

 

永藤市長は現場に足を運ぶこともなく、そして何より当事者の声を聴くこともなく、中止の判断をしました。

私自身は、「子を持つ親」の当事者ではあっても、現時点では「非行をした子の親」の当事者ではありません。しかし、これまでその当事者の声をたくさん聴いてきましたし、保護司としても、非行をした子本人と関わってきました。当事者ではなくとも、当事者の気持ちを理解することは、相当程度可能であり、私はこの施設を望む当事者の気持ちをそれなりに理解しているつもりです。

 

むろん、市長たる者、いくら当事者の声を聴き、その気持ちを理解した上でも、その気持ちに反した決断をしなければならないこともあるでしょう。

ただし、その時に、責任ある者として当事者の声をしっかり聴いてきたか、理解に努めてきたかによって、当事者の納得感はまったく違うものになってきます。いまだにこの件に納得していない方が多いのは、それがなかったせいではないでしょうか。

※建設を求める運動がテレビ(MBS)でも取り上げられました。

 

話は戻りますが、多様な市民の多様な属性について、市長や議員、職員が全てを網羅した「当事者」になんてなれるわけないのですから、子どもがいらっしゃらない職員が子育て支援の担当になったとしても、健常の職員が障害福祉の担当になったとしても、経済的に裕福な職員が生活保護の担当になったとしても、当然いいわけです。

ただ必要なのは、当事者の声をしっかり聴くこと。できればその気持ちを理解し、寄り添うことです。

 

私は今後も、議会だけでなく、「現場に あなたのもとに」の姿勢で、当事者の声に耳を傾け続きたいと思います。

冒頭の「私には子どもがいないから」とおっしゃった職員さんも、子育て支援政策を扱う中でそのことを卑下する必要はまっっったくなく、「その分当事者の声を」の姿勢で奮闘して頂ければと思っています。

 

 

ちなみに、この職員さんとの出来事を妻に話したら、

「子どもがいるだけで、子育てをしてこなかったオッサンよりも、子どもがいない女性の方がよっぽどいいよ。子育ての苦労を自分のこととして想像はできるからね」と。

なるほど。「当事者のつもり」が一番ダメなのかもしれませんね。自戒の念も込めて・・。

 

 

 

堺市議会議員ふちがみ猛志

https://lin.ee/YdOYWqu

 

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