いま平和のために何ができるのか
こんにちは。堺市議会議員(堺区)のふちがみ猛志です。
どうして政治家になろうと思ったの?
何をしたくてなったの?
政治家ならば、誰もが訊かれることです。
私は一言で答えます。
「世界平和です」と。
私が中学一年生の時に起こった湾岸戦争。
※読売新聞ニュースより
中学生なりに衝撃を受け、「どうすれば世界は平和になるんだろう」と考えたのが、政治家を目指した最初のきっかけです。
国際政治からは少し離れた地方議会に身を置いてはいますが、この青臭い答え、その気持ちは今も変わりません。
ぼくがラーメンたべてるとき
私の好きな絵本作家の長谷川義史さんの作品に「ぼくがラーメンたべてるとき」というものがあります。こんな話です(ネタバレが嫌な方はどうぞ次の段落へ)。
※※※
ぼくがラーメンたべてるとき、
となりでミケがあくびした。
となりでミケがあくびしたとき…、
となりのみっちゃんがチャンネルかえた。
となりのみっちゃんがチャンネルかえたとき…、
となりのとなりのたいちゃんがボタンをおした。
(中略)
となりのくにのおとこのこがじてんしゃをこいだとき…、
そのとなりのくにのおんなのこがあかちゃんをおんぶした。
(中略)
そのまたとなりのとなりのくにのおとこのこがうしをひいたとき…、
そのまたむこうのくにのおんなのこがパンをうっていた。
そのまたむこうのくにのおんなのこがパンをうっているとき、
そのまたやまのむこうのくにでおとこのこがたおれていた。
(後略)
※※※
という具合に展開していく絵本です。
いま、こうして私がブログを書いているとき、ガザではたくさんの子どもたちが死んでいっています。殺されています。
パレスチナ紛争に何ができるのか
イスラエルによるガザへの攻撃が続いています。
すでにガザの死者は1万人を超え、そのうちの4割以上が子どもたちだと言われています。
2000年にもなるユダヤとパレスチナの歴史を私ごときが語りきることは不可能ですし、少なくとも、つい1ヶ月前のハマスの奇襲のみを持って、今回のイスラエルの攻撃とを比べ、「どちらが先か」などと議論することに意味はないでしょう。
そして何より、そのような歴史や、土地や宗教に絡んだ大人の争いなど知る由もない子どもたちが、次々に殺されていいはずがありません。
もちろん子どもだけでなく、高齢者も女性も男性も、あらゆる市民・非戦闘員が命を奪われる道理はありません。もちろんそれはイスラエル側の市民も然りです。
はたしてこの問題に対し、私たちに何ができるでしょうか。
「『世界平和』が政治家を志した理由」と言いながらも、それを実現する術はそう簡単に答えられるものではありません。
世界を放浪して痛感したこと
私は学生時代にのべ1年半ほど、バックパックで世界を放浪しました。アジア、ヨーロッパ、中南米など40か国以上になりました。その時の経験もまた、「政治家になろう」とより強く思う契機となりました。
色んな人に出会いました。
初めての海外となったインドでは、幾たびもパキスタンへの敵対心に触れました(カシミール紛争)。
親しくなったセルビア人は、「アメリカ」「クロアチア」と聞くだけで、我を忘れたかのように怒り狂いました(ユーゴ紛争、コソボ紛争)。
他、フランス人のドイツへの(第二次大戦他)、
アルゼンチン人のイギリス(フォークランド紛争)への、
中南米の人のアメリカへの(度重なる内政干渉)……、等々、
各地で敵対心や恨みつらみのようなものに数えきれないほど接してきました。
※念のため申しますが、●●人と言っても考え方は人それぞれで「私が出会った●●人がそうだった」というだけの話です。
私はイスラエルを訪れたことはありませんが、中南米ではイスラエル人旅行者が多く(兵役のあとに長旅をする人が多いようですね)、イスラム諸国への敵対心や、パレスチナ側によるテロへの復讐心を露にした言動に出くわしました。(その頃は、パレスチナ人の自爆テロが横行していました)
※ボリビアのウユニで出会ったイスラエル人たち
一方で、私はパレスチナ人に会ったことはありませんが、アラブ諸国の人たち、ムスリムの人たちにはたくさん出会いましたし、そんな彼らからは、イスラエルやその後ろ盾と言えるアメリカへの憎しみを聞かされることもよくありました。
9.11に狂喜乱舞するモロッコ人に出会った時には、なんとも言えない気持ちにもなりました。
※狂喜乱舞したのは彼らではありませんが、モロッコでの1枚
憎しみは憎しみしか生まない。
彼らとのやり取りの中で、骨の髄まで沁みたことです。
平和について考えること、考える人を増やすこと
パレスチナ紛争に対して、あるいは世界で止むことのない紛争に、私たちが日本にいながらできることって何でしょうか。
私は時々、小学校のPTAで絵本の読み聞かせボランティアをやっています。
いつもは子どもたちを絵本でゲラゲラと笑わせられるのが得意なのですが、先週の活動では冒頭の「ぼくがラーメンたべてるとき」を選びました。相手は2年生の子どもたちでした。
こうしている瞬間も、働かなければならない子どもや、命を奪われている子どもがいること、平和が何より大事なんだということを知ってほしかったからです。
最初はニコニコと聴いてくれていた子どもたちも、この絵本が終わるころには少し神妙な顔になっていました。
平和が大事なんだ、戦争がダメなんだということをちゃんと口にすること。子どもたちに伝えていくこと。
いま自分にできること。
直接的ではないけども、即効性はないけども、
誰にでもできる、一番大事なことなんだと思っています。
息子とラーメンを食べながら
その日は小学校6年の息子と2人でラーメンを食べました。たまたまですけど。
まさに「ラーメンをたべてるとき」、息子ともパレスチナのことや、戦争や平和について話しました。
そして息子は、その日の総合学習の授業が差別についてだったことを教えてくれました。西光万吉と水平社についての映像を見たそうです。
ユダヤ人がかつて世界で様々な差別を受けてきたこと、ムスリムの人たちもまた今多くの差別を受けていること。差別が広がることが、戦争にもつながること。そんな話にもなりました。
はたして今の日本、今の堺に、将来いつか戦争につながりうる差別や偏見は、あるいはその「芽」は存在していないでしょうか。
父として、大人として、そして議員として。
遠い紛争地域を想って平和を訴え続けるとともに、目の前で起こりうる差別についても許さないという姿勢を取り続けていきます。もちろん、堺市行政にも議会を通じて取り組みを求めていきます。
微力ではあっても無力ではない、と信じて。
堺市議会議員ふちがみ猛志
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