子どもの権利は守られているのか
障がいを持った子どもが小学校に上がる際、「地域の学校に行くか、支援学校に行くか」で悩むケースは少なくありません。私も相談を受けたことがあります。
その場合、保護者と教育委員会、地域の学校や支援学校とが対話を重ね、本人と見学に行き、専門家の意見も聴くなどし、教育委員会で審議し、決定します。
その流れを示したのが、この「就学相談の流れ」です。
この「流れ」の最後には、こんな一文があります。
審議結果が保護者の希望と異なる場合、再度、面談を実施します。
これは要するに、「保護者が納得するまで、対話を重ねます」ということです。
無理やりに決めてしまうことはないという、当たり前と言えば当たり前のことが書かれています。
でも、おかしいことにお気づきになりませんか??
ここには、「本人」という言葉が入っていないのです。
保護者が納得しても、本人が納得しないケースもあります。
保護者の希望が本人の希望と同じとは限りません。
言うまでもなく、就学の最大の当事者は、「子ども本人」なのに、おかしくないでしょうか?
このような事例は、調べてみると役所内にたくさんありました。
保育所や子ども園では、配慮が必要なお子さんの「支援計画」を毎年立てることになっています。堺市が、民間の各保育所・子ども園に配布しているフォーマットがこれです。
ここには「保護者の願い」を書く欄はありますが、「本人の願い」を書く欄がありません。
障がいの程度にもよるでしょうが、園児とは言え、4歳、5歳にもなれば、「自分はこうなりたい」「こんな風に助けて(支援して)ほしい」という願いを持っている、言える、という子もたくさんいるはずです。
こちらは小学校を統廃合(再編)する際の流れを示したものです。
必ず「地域別懇談会」というものを設置することになっており、PTAや地域の自治会の代表者らが参加することになっています。大人には、説明を受ける場、意見を言う場が設けられているのに、最大の当事者である児童や生徒には、そのような場が設けられていません(設けることが規定されていません)。
「子どもの権利条約」をご存じでしょうか?
日本も1994年に批准した条約です。
子どもには、「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」があるとされ、国や大人たちにこれを守るよう求めています。
生きる、育つ、守られるはなんとなくわかりますよね。
これは条約批准以前から存在している「児童憲章」にも示されている理念とさほど変わりなく、ほとんどの方にとって、当然守られるものとして認識されていることでしょう。
なので、肝心なのは「参加する権利」です。
子どもが、自分に関係のある事柄について、自由に意見を言い、関わることができる権利です。
大人は「子どもの発達に応じて」、その意見を「十分に考慮」しなければなりません。
しかし上記の就学先の決定、支援計画の作成、小学校の統廃合においては、この「参加する権利」が保障されていません。
いやいや、保護者は子どもの願いも考慮しているはず、地域の代表者は児童のことを考えているはず、、、、と思われる方もいるでしょう。
あるいは、書類上記載がなくとも、役所の人が、校長先生が、保護者が、ちゃんと子どもの意見も聞くこともあるはず、、、なんてことも。
もちろん、そんなケースもあるでしょう。
でも、それでは「権利を保障する」とは言えません。
「確実に」であってこそ、「子どもの意見を聞かないと前に進めない仕組み」であってこそ、初めて「権利保障」と言えるのです。
私は何も大層なことを要求しているわけではありません。
就学相談の流れでは、「審議結果が保護者の希望と異なる場合」とある一文を、「本人及び保護者の希望と」に変えるだけです。
こうすると、「本人の希望を聴かざるをえなくなる」わけで、希望を言う機会が必ず確保されます。
支援計画のフォーマットに「本人の願い」という欄を設けるだけでいいんです。
地域別懇談会の参加者対象者に「児童生徒の代表者」を加えるだけでいいんです。
このような事例を、昨日の「育ちと学び応援施策調査特別委員会」にて、いくつも指摘させてもらいました。
職員に「子どもの権利を意識して仕事していますか?」と訊ねると、少なくとも子育てや教育に関わっている職員は「YES」と答えるはずです。
しかし、実際には、実務レベルでそれが保障されてはおらず、「保護者が把握しているはず」「保育士なら分かっているはず」という前提で物事が進められています。決して権利が保障されているわけではないのです。
自戒の念も込めて申しますが、私も含め、社会の多くの大人の深層心理には、「子どもは権利の主体」とする条約の理念や、「子どもの参加する権利」が浸透しきっていないのです。「子どもは大人の付属物」「子どものことは大人が(だけで)決める」といった意識が、根深く存在しているのです。
権利を保障すると共に、理念を浸透させるためにも、私は堺市に子どもの権利を謳った「子どもの権利条例」が必要だと思っています。ルールを作る必要があると思っています。
世界のレベルでは同条約があり、国のレベルではその理念に沿った「こども基本法」が成立しました。堺市もそうすべきです。
私たち抜きに、私たちのことを決めないで。(Nothing about us without us)
これは、障害者施策への当事者(障害者)の参画を求めた、障害者の権利運動のスローガンです。
これは障害者だけでなく、高齢者や、労働者や、性的マイノリティや、、、、あらゆるジャンルにも当てはまることです。それが「大人」ならば、しっくりくるはずです。
だったら、子どももそうじゃないでしょうか???
昨日の委員会では指摘とともに、条例の必要性を訴えました。そして、いくつかのフォーマットの記載については「変更する」、条例制定は「有効な手法である」等々の、前向きな答弁ももらいました。このテーマには、引き続き取り組んでいきます。
堺市議会議員ふちがみ猛志