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議員定数削減についての私の考え

こんにちは。堺市議会議員のふちがみ猛志です。

 

先週開会しました堺市議会の令和5年第4回定例会(8月議会)に、大阪維新の会堺市議会議員団が議員定数の削減を提案しました。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2023081000979&g=pol

テレビでも報道があったようですし、昨日私の携帯にも記者から電話が入り、どう対応するかの確認がありました。

 

市民の皆さんには「議員の数は減らすべし」と思われている方も多いことでしょう。この際ですから、私の「議員定数削減」に対する考えを明らかにしておきます。

少し長くなりますが、ぜひお付き合いください。

 

今回出された削減案

堺市議会の議員定数は48人です。政令市ですから、各区の人口によって定数が割り振られています。

 

今回、維新の会は、以下のように各区の定数を削減する案を示しました。

 

堺区9→7

北区9→8

西区8→7

中区7→6

南区8→7

東区5→4

美原区の2はそのまま

 

という具合で、合計48→41への削減です。

 

私が議員になって9年目ですが、この間に維新の会は議員定数削減の提案を4回行っています(今回も含め)

 

7人減が2回、1人減が2回です。

私は過去、いずれの提案にも反対してきましたし、今回も反対します

以下、その理由や思うところを書いていきます。

 

 

定数削減に反対する理由

私が定数削減に反対するのは、

「議員定数は可能な限り(※)多い方がいい」と思っているからです。

(※)この「可能な限り」は重要な部分なので後述しますね。

 

そしてそれは、「議員数が多い方が多様な声を反映できるから」であり、「多様性・少数意見の反映こそが民主主義の大事な要素だから」です。

 

定数が減れば減るほど、「第一政党に有利」になります。

少数意見が通りにくくなるということです。

 

選挙区の定数が30くらいあれば、有効投票の3%ほどの支持があれば当選します。一方で定数が3であれば20~30%ほどの支持が必要となるでしょう。

少数意見の代表者が議会に出やすいのがどちらかは、一目瞭然です。

 

国会とは違い、地方議会は首長を市民が直接選びます。

一方、議会の役割は(首長や総理を選ぶことではなく)その首長を多様な目でもってチェックすることです。なのでこの地方議会における「多様性・小数意見の反映」は、国会よりもずっと重要なものになります。

 

定数と少数意見の具体例

一例として、堺市よりもずいぶん定数削減が進んでいる(進んでしまっている)お隣の大阪市について。

過度な定数削減の結果、次の選挙においては「無所属議員と、共産党議員がいなくなるのではないか」「維新、公明、自民の公認議員だけになるのではないか」とも言われています。

 

いくら何でも、「大阪市で維新・公明・自民以外の考えに立つ市民がいない」なんてわけはありません。もしそうなったら、そんな市民の投票はすべて「死に票」となり、その少数意見は議会に反映されなくなる(極めて反映されにくくなる)わけです。

 

堺市においても、極端に言えば選挙区定数が1になれば「維新だけ」になります。

3以下になれば「維新・公明・自民だけ」になるだろうと思います。

さすがにそのような極端な削減ではないにせよ、定数減はそういう状態に近づくことを意味します。いずれにせよ、定数削減で割を食うのは少数意見なのです。

 

かく言う私も、直近の選挙では堺区8議席でトップ当選させてもらいましたが、初当選の選挙では6番目でした。初当選があり、8年間の活動を見てもらったからこそ、今のトップ当選に至ったわけです。もし堺区の定数が5だったら初めから議員にはなれませんでした。

いや、7でもダメだったでしょう(政党が公認候補を絞り込むことで、私より下位の複数候補が上位になったはずです)

定数が減れば減るほど、とりわけ新人の「無所属候補」「少数派の政党の候補」にはノーチャンスになっていきます。

 

※定数は減らすが、選挙区を合区し、大選挙区にすることで少数意見を通せばいいという意見もあり、それ自体は一考の価値があると思います。ただし、選挙区(議員の一般的な活動範囲)が広がれば、活動コストがかさみますし、議員と市民との距離はおおむね遠のきます。バランスが大事です。

 

もっと本音で理由を言えば

と言ってもあまりピンとこないでしょうから、もう少し本音で語ります。口幅ったい言い方ですがお許しください。

 

私は、議員である私自身を「社会の役に立つ存在だ」と思っています「役に立っている」という自信があるのです。

 

生意気を言いますが、これくらいの自負がないとこの仕事はやってられませんし、そもそも議員とはそうでないといけないと思っています。

 

そして、「全員が」「多数が」とまでは言いませんが、「『少なからぬ』堺市議会議員が社会の役に立つ存在だ」と私は思い、そのような同僚議員の皆さんを心からリスペクトしています。

 

ですから、そんな「社会の役に立つ存在である議員」の数を減らそうだなんて、私には到底思えないわけです。

 

48人全員がそうなれば堺はもっと素晴らしいまちになるだろうし、たとえば議員定数が今より多く60人になり、かつ60人全員がそうであれば、もっともっと素晴らしいまちになることでしょう。

 

もちろん、堺市議会に限らず、そうではない議員も存在しています(私のことをそうだと思っている人もいることでしょうが)

 

ですがそれは、「役に立つ議員も含めた全体の数を減らすこと」ではなく、「役に立つ議員の比率を上げること」によって解決すべき課題です。

 

議員活動をもっともっと見える化して、よりよい議員を選びやすくすることが大事です。

定数削減はそれに反し、「議員という存在が市民の目に触れる機会」を減らすことにつながります。それにより、役に立たない議員が選ばれてしまうリスクが一層高まるのではないか、とすら私は思っています。

 

そもそも、世の中には様々な職業がありますが、多くの人が自分の職業について「この社会に必要な存在」とプライドを持って仕事をされていることでしょう。だったら、その職業について「減らしたらいい」って思われますか?

 

定数を決める時のポイント1

「議員定数は可能な限り多い方がいい」と言いました。

この「可能な限り」とは、「とは言いながらも配慮すべき点がある」という意味です。

私は2点あると思っています。

 

1点目は「議論のしやすさ」です。

 

たとえば「多い方が多様な意見が反映できる」からと言って、堺市議会を3倍の144人にしたらどうなるでしょうか。

 

堺市議会は6つの常任委員会があります。分野ごとに深掘りして議論をする場で、一つの委員会ごとに委員は現在8人です。

議員定数が3倍になれば(今のままの6常任委員会なら)、一つの常任委員会で24人です。うーん、「24人で意見交換」って、、、あまり闊達な場になるとは思えませんよね。

 

常任委員会の数を3倍にすれば、一つあたりの委員数は8人のままですが、たとえば文教委員会(教育全般)ならば、「社会教育」「学校教育」「支援教育」くらいに3分割でしょうかね。うーん、これもあまりに議論の範囲が狭まりすぎて、議論しにくいですね。

 

もう一つ違う視点を加えると、「議会」「委員会」は、偶数がいいと私は思っています。

採決に加わらない議長や委員長を除いた上で「採決で結果がハッキリする奇数」になるからです。

 

堺市議会の48という定数は偶数であり、6つの委員会で分けてもすべてが偶数であり、かつ「話し合いがしやすい規模」になるので、「議論のしやすさ」で言えば、非常に合理的な定数だと私は思っています。

 

この「議論のしやすさ」は感覚的なものですから、人によって違うと思います。しかし、実際の議論の場がどのようになるかは、議会が機能するかどうかの重要なポイントなので、定数の増減を提案するのならば、「こうなりますよ」と示すべきだと思います。

 

定数を決める時のポイント2

もう一つの配慮すべき点が「コスト」です。これは誰にでもわかりますよね。

 

議員を増やすと(報酬額等にもよりますが)コストは増えることになるでしょうし、減らせば「直接的な」コストは減ることでしょう。維新の会が削減を主張するのは、だいたいのこのコストの観点です(「議員が身を切る姿勢を示すから他のコストも減らせるのだ」という精神論も含め)

また、報道もそうですね。

 

しかし私は、「議員がいるからこそ減らせるコスト」があることをぜひ知ってもらいたいと思っています。

 

議員を減らせば、議員のチェック機能が低下し、ムダを見過ごすこともあるでしょうし、よりよい市民サービス(=税の有効活用)の機会を逸することもあるでしょう。

 

ほんの一例ですが、私は大阪府の児童自立支援施設の建設費の負担に関する議論において、「将来の施設更新について堺市が負担するのはおかしい」と指摘し、それが負担割合の見直しに繋がりました。このことで堺市財政に2億円以上寄与しています。私という議員がいたからこそだったと思っています。

このような事例は、私に限らず、「社会の役に立つ存在である議員」の多くが経験しているものです。

 

議員が48から41に減れば、チェックする人数、総量あるいは視点や角度がその分減るのです。私はこの「議員がいるがゆえのコスト削減効果」を見過ごしてはいけないと思っています。

コストという一面を持ってしても、「適度なバランス」が大事だということです。

 

それにしても、定数削減を訴える人たちは「〇人減らして△円コスト削減」と、単純に報酬に〇を掛けて△を算出していますが、そのような方は「自分の働きによるコスト削減効果」「税の有効活用効果」がゼロだと思っているのでしょうかね。

 

結論、堺市議会は48人でよい

繰り返しますが、私は「議員定数は可能な限り多い方がいい」と思っていて、しかし「議論のしやすさ」や「コスト」の観点から、大幅に増やすのは難しい、非現実的だと思っています。

 

増やしたとしても、6常任委員会が10人ずつ(今は8人ずつ)で定数60といったところでしょうか。ただ、「増やす」ということ自体、今は市民の理解を得づらいでしょうから、

 

結論として、堺市議会は48人がベストだと思っています。

 

堺市と人口規模の近い政令市を見てみますと、

新潟市 51人(人口約79万人)

熊本市 48人(約74万人)

静岡市 48人(約69万人)

浜松市 46人(約79万人)

相模原市 46人(約73万人)

岡山市 46人(約72万人)

※人口はいずれも令和4年7月時点

 

堺市が議員定数48人で人口約83万人ですから、決して多いわけではなく、むしろ議員が少ないくらいです。

 

維新の会は今回の定数削減の提案において、「政令市で最も少ない定数となり、効率的で質の高い議会となる」と言い放ちました。

 

議員を減らせば効率的になる?

議員を減らせば質が高くなる?

 

なんの根拠もない発言ですが、少なくとも行政からすればチェックされる頻度が減り、仕事が楽になることでしょう。百歩譲って役人が「効率的になる」と言うのなら分かるのですが、身内である永藤市長の気持ちを代弁したのでしょうか。

 

あるいは、よほど自分たちの活動、存在に自信がないのでしょうか。

議員がいれば効率が落ちる、質が下がると、自分で思っているのならば残念です。

 

負のスパイラルにしてはいけない

そういえば、昨年度の全議員による研修会で、ある大学教授がこのようなことをおっしゃっていました。

 

「議員不要論」が起こるのは、議員の活動が見えないから。そして、

 

議員の活動が見えない → 市民が「議員は不要だ」と思う → 議員定数削減に共感する(実際に減る) → 議員の活動がもっと見えなくなる → 議員不要論がさらに強くなる → さらに定数削減への圧力が強まる

 

という負のスパイラルになるというのです。

すごく納得のいくお話でしたし、これは「議会なんていらない」「首長が好きなようにやればいい」というところに行きつきます。

 

議員の1人として、私はこの不要論に乗っかるのではなく、

 

活動をもっと見えるようにする → 議員の必要性を感じてもらう → 議員を選ぶ目が厳しくなる → よりよい議員が誕生する → 市民がさらに政治に目を向ける

 

という正のスパイラルを作り出したいと思っています。その結果として私が議会からはじき出されるならば、それは本望です。

 

それぞれの政党や会派で考えが違えども、自己の存在を否定するかのような不毛な議論ではなく、お互いに市民の代弁者、チェック機関としてのプライドを持ち、その必要性に自信を持ち、議会で切磋琢磨していきたいものです。

私は心からそう思っています。

 

 

堺市議会議員ふちがみ猛志

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