議会の質問は権利であり義務
先日、育ちと学び応援施策調査特別委員会が開催され、私も委員の一人として質疑に立ったのですが…、
当日の各委員の質疑時間の一覧がこちらです。
実に11人の委員のうち、6人が質問をしませんでした。質問機会を放棄したのです。
このブログは、全体として「質問しない議員ってどうなん?」という内容なのですが、、
先に申し上げておきます。
今回の1回を持って、ここに名前のある方々を批判しようという意図はありません。何らかの事情があって、「今回だけパスした」なんてことも、十分にあり得るからです。
本気で質問を作ろうと思えば、かなりタフな作業になります。ですから、体調が悪くてパスせざるを得ない時もあるかもしれません。
あるいは、準備をしていたんだけど、そのテーマの利害関係者(市民)から「やっぱり取り上げないで」と直前で頼まれたり、職員とのある種の駆け引きの中で「今回は見合わせる方が、政策実現のためには得策」なんてこともあったりもするでしょう。
そんな人が、このリストにもいるかもしれません。
ちなみに私は、過去に「駆け引き」で質問を見合わせた経験はありますが、基本的にいつでも複数項目の質問を用意しているので、1、2項目減ることはあっても、「その日の質問を完全にパスした」という経験はありません。
その上でですが、、、「議会での質問」は議員にしかできない、市民から頂いた貴重な権利です。同時に、議員の義務でもあると思います。
今回に限らず、質問機会の放棄はしばしば見られるのですが、全てが先に挙げた「何らかの事情」なはずはないでしょう。では、他にどんな理由があるんでしょうか。
①単純に面倒くさい
②議会での質問って意味あるの?と思っている
③質問するネタがない。
なーんてことが想像されるわけですが、
もし①だったら議員なんて辞めた方がいいし、②はただの質問力不足でしかなく、これまた議員としての資質がありません。③も「堺市に対する問題意識の欠落」であって、これまた資質に欠くものです。だいたい、堺市をぐるっと巡って、市民と対話すれば、いくらでもネタは出てきます。
繰り返しますが、1回限りでそれを断じるつもりはありません。そこで、私はこの任期4年間の「育ちと学び応援施策調査特別委員会」での質問状況を確認しました。
同委員会では、4年間で5回の質問機会があり、それぞれ、委員長を除く委員に1人あたり30分ないし20分の質問時間が与えられていました。
すると、たとえばこの4年で維新の会は、、、
各年度4~5人の委員がおり、
のべ21回の質問機会があったものの、
そのうち10回を放棄しています。
放棄率が48%です。
自民党にいたっては、のべ9回の質問機会のうち、5回を放棄し、放棄率は56%です。
一方、公明党は放棄率18%、共産党は17%です。
私がいる堺創志会は0%です。
冒頭に紹介した、先日(10月19日)の委員会が、たまたま放棄者が多かったわけではなく、やはり、維新と自民は「質問放棄が多い」傾向にあります。
この傾向は、年4回の定例会の会期中に行われる常任委員会ではあまり見受けられず、会期外に行われる特別委員会で顕著に見られるものです。「育ちと学び」以外の特別委員会も同様です。
「なぜ特別委員会だとそうなるか」という理由は、私にはよくわかりません。
まさか、会期中は基本的に役所にいるけど、会期外はそうではないので、質問の準備にわざわざ役所に行くのが面倒くさい!??なーんてことだとは、思いたくないのですが・・。
昨今、「身を切る改革」と称して、報酬削減を声高に訴える議員が増え、多数の市民の共感を得ています。
(理由がなんにせよ)少なからぬ議員がこうして質問機会を放棄しているのならば、「報酬なんて減らせばいい」と、市民が思うのも当然でしょう。
しかし、議員本人がそれでいいのでしょうか。
まずは「報酬に見合った仕事をする」というのが大前提ではないでしょうか。
そして、その仕事の中の最も大事な1つが、議会の質問だと私は思っています。
維新の会は、この報酬だけでなく、議会の質問時間を減らすことにも一所懸命に訴えられています。
私の目には、
質問機会の放棄は、仕事の放棄であり、
質問時間の削減は、仕事の削減だと映ります。
そのような行動、主張をする人たちが、「報酬を削減すべき」と訴えっているわけですから、本当になんなんだろうと思います。
市民の皆さんからは議会の中がなかなか見えづらいということは百も承知で申しますが、「議会の中で誰が頑張っているか」にも目を向けて、議員を選んで頂けると嬉しいです。
その時に、私を選んでもらえるよう、私は今後も議会の質問機会を大事にし、よりよい堺市になるために活用して参ります。
堺市議会議員ふちがみ猛志