教育長との意見交換会
去る7月5日に、教育長と文教委員8名との意見交換会が開催されました。
教育長の講演1時間、質疑・意見交換が1時間のたっぷりの内容でした。
先のブログに書いた通り、(私にとっては残念ながら)「記録を取らない会」になってしまいましたので、市民に対する情報公開として、『私なりに』ではありますが、内容を纏めてみたいと思います。
正式な議事録から引用したものではないので、聞き違い、認識違いもあるかもしれませんが、その点はご了承ください。
【教育長が講演で特に主張したポイント】
①教育の定義の再確認
「人格を完成させていくこと」と「平和で民主的な地域社会を担う一員を育てていくこと」であり、この定義を揃えることが大事である。
②学校教育は「教育」の一部
教育には、学校教育、家庭教育、社会教育がある。学校教育は人生の一時期に提供されるものであるが、その先の人生も見据えたものでなければならない。人生により大きな影響を与えるのは家庭教育である。
③家庭教育が60%、学校教育が30%、社会教育が10%
教師に「子どもの人生にどれくらい影響を与えているか?」と問うと、答えの平均が「60%」になる。しかし、「自分はどのくらい影響を受けたか?」と問うと、「30%」となる。このギャップの30%は、日本の教師が「自分たちは子どもの人生にとって重要な存在だ」として頑張る真面目さの表れでもあるが、必要以上に背負ってしまっていることの表れでもある。
④家庭教育は家庭が担うべき
家庭教育の領域についても、学校に期待する保護者、あるいは担おうとする教員が多い。
⑤社会が劇的に変化しているので、教育も変化しなればならない
250年ぶりに人類史が変わる時代、仕事の多くがAI・ICTに置き換わる時代が来る。大量生産で画一的で規律を守れる人間を育てることから、個性を尊重し、AIでは代替できない「他者との協調、他者の理解等」を進める教育にしなければならない。
⑥学校・教員の自主自律
画一的でない、個性を重視した教育には、自主自律した学校と教員が必要である。学校現場の裁量権の拡大が不可欠である。ただし、「予算をどんどん増やしてほしい」は自主自律ではない。「今ある予算を現場の創意工夫で自由に使えるようにする」のが自主自律。
⑦学校業務の整理が不可欠
学校の課題は「学校が、本来するべきでないことをしていること」。
中央教育審議会の答申にもある通り、学校・教師が担ってきた業務の在り方も変わるべき。例としては、以下のようなものがある。
〈基本的に学校以外が担うべき業務〉…登下校に関する対応、児童生徒が補導された時の対応、地域ボランティアとの連絡調整等
〈学校の業務だが必ずしも教師が担う必要のない業務〉…児童生徒の休み時間における対応、校内清掃、部活動等
〈教師の業務だが、負担軽減が可能な業務〉…給食時の対応、進路指導、支援が必要な児童生徒・家庭への対応等
⑧実際に上記のような変化をするのかどうかは市民次第
市民が変化を望むのならば、全力で変化を。市民が望まないならば、今の仕組みの中で全力を尽くす。
【私が教育長にした質問と答え】
Q1.教員のなり手不足に対してどう取り組むかか?
A1.教員は、なりたくてなる仕事である。教員自身が確信を持って子どもをちゃんと育てることが、「教員になりたい」という子どもを増やすことに繋がる。
Q2.地域人材の確保にどう取り組むか?(学校の業務を見直す中で不可欠)
A2.(コミュニティスクールを念頭に)どのような方に参画してもらうか、その正当性が重要。仲良しばかり集まるようではダメ。
Q3.家庭教育の力がない家庭をどうケアするか?
A3.教育委員会だけでは対応できない課題。
※実際はもっと丁寧に回答をくれています。
これらを受け、私からは特に感心の強い「3」について、市長部局、特に子ども青少年局との連携を強化することを求めました。
【全体としての感想】
教育長の考えをたっぷり聞くと言う意味で、大変意義深い会でした。
特に学校現場の課題認識として、「⑦学校業務の整理が不可欠」「学校が、本来するべきでないことをしていること」というのは、私も完全に同意するものでした。
また、目指すべき方向性として、「⑥学校・教員の自主自律」「学校現場の裁量拡大」も、その通りだと思いました。
気になった点と言えば、下記の2点です。
1つは、教育は簡単には変化ができないこと。
地域と学校との分担は、地域住民や保護者の意識の変革と共に、徐々にでしか進められないものだと私は思っています。教育の形を変えていくのは、教育委員会と教育現場、そして学校と地域や保護者の間の丹念な対話の先に少しずつ進められるもので、「改革」「変化」の名のもとに激変させられるものでないと思っています。
理想論で終わらないように、丁寧に進めていくことを期待したいと思います。
2つ目は予算の絶対額の増加が不可欠だということ。
今ある予算を工夫して使うことが大事なのは言うまでもありませんが、教育予算の絶対額が少ないことは間違いありません(国レベルの課題でもあります)。これまで教育委員会の予算要求が非常に遠慮がちであることが、いつも気になっていました。ぜひここは「工夫」だけを求めるのではなく、強気にいってほしいところです。
2つ目については、その場で教育長に要望させてもらいました。
実際の講演はもっともっと情報量の多いものでしたが、私のメモの範囲で、特に印象的だった部分を纏めさせてもらいました。
それぞれをどう捉えるかは、その人次第でしょう。
私もこれだけでは堺市の教育の今後をどうこう判断できませんが、少なくとも日渡教育長ご自身のことを「志の高い方」「聴く耳を持った方」だと感じましたし、そのことに期待して、これからの議論に臨みたいと思います。
あと、全体の流れからは少し外れますが、「教科学力は、学力の一部分でしかない」という発言を興味深く受け止めました(私もそう思っています)。教科学力の向上を、第一の目標に掲げている今の堺市の教育大綱や、それを求める人が少なくない議会において、どのように整合性を取っていくのか、教育長の手腕を見守りたいと思います。
堺市議会議員ふちがみ猛志